建築装飾の歴史は、仏教伝来以降の飛鳥時代から始まり、法隆寺金堂の雲斗供の千彫り
の渦が彫刻の始まりとされています。当初は破風(はふ)、虹梁(こうりょう)、木鼻
(きばな)、手挟(たばさみ)、蟇股(かえるまた)などに装飾彫刻を施す事から
始まりましたが、やがて建築を支える用材以外にも彫刻を取り付け、絢爛さを競い合う
ようになり、日光東照宮の山門のように建築の彫刻か、彫刻の建築かといわんばかりに
言われるまでににぎやかな彫刻が見られるようになりました。十七世紀にはお寺が急増
し、宗派毎に本山末寺からなるピラミッド型の支配体系をつくり、それらの寺院が
彫り物などでかざられる場となるのは十八世紀以降のことであります。
各宗派毎に彫刻する図柄に特徴があり、本山の様式に従い、例えば西本願寺派の欄間は
素牡丹、東本願寺派は雲に天人、雲に迦陵頻伽といった具合です。宮殿、須弥壇、卓等
それぞれの宗派に基づき、草花や鳥、龍、獅子の彫刻を施します。限られた範囲の中で
いかにして生命力、躍動感ある表現をするかが重要な仕事でありますし、また、その
彫刻が見る者に心の安らぎを感じていただける技術の研鑽が必要です。